あれから数日が経過し……週末を迎えた。「それでは皆、俺とイレーネは数日の間留守をする。屋敷のことは任せたぞ。何かあればリカルドに話を通しておくように」ルシアンは馬車の前まで見送りに集まった使用人たちを見渡した。「ルシアン様、イレーネ様。留守の間はどうぞ私にお任せ下さい」リカルドが恭しく頭を下げる。「うむ、頼んだぞ」すると次にメイド長が進み出てきた。「イレーネ様、本当にメイドを連れて行かなくて良いのですか?」「えぇと……それは……」イレーネが口を開きかけた時。「あぁ、メイドは連れて行かない。『ヴァルト』にはメイドも沢山いるからな。2人だけで行く」ルシアンはできるだけ、使用人を連れて行きたくはなかった。何故なら車内で色々と打ち合わせをしておきたかったからだ。使用人たちが一緒では、込み入った話もすることが出来ない。しかし……。ルシアンの言葉を他の使用人たちはリカルドを除いて、別の意味で捉えていた。『ルシアン様はイレーネ様と2人きりで誰にも邪魔されずに外出したいに違いない』「よし、汽車の時間もあることだし……そろそろ行こうか? イレーネ」「はい、ルシアン様」笑みを浮かべて返事をするイレーネ。こうして2人は大勢の使用人たちに見送られながら屋敷を後にした――****「イレーネ。もう一度状況を確認しておこう」馬車に乗ると、神妙な顔つきでルシアンはイレーネに話を始めた。「はい、ルシアン様」「まず、俺とイレーネの出会いだが……」「はい。祖父を病で亡くし、天涯孤独になった私は仕事を求めて大都市『デリア』にやってきました」「そこで道に迷って困り果てていた君に俺が声をかけた」ルシアンが後に続く。「それが出会いのきっかけとなりました」「そう。その後2人は意気投合し……やがて互いに惹かれ合って、婚約する話に至った……これでいくからな」「はい、分かりました。大丈夫です、お任せ下さい。概ね、話の内容は間違えてはおりませんから。立派にルシアン様の婚約者を演じてみせますね。御安心下さい」「ああ、そうだ。よろしく頼むぞ。祖父に気に入られたら、君に臨時ボーナスを支払おう」すると、その言葉にイレーネの目が輝く。「本当ですか!? それではますます気合を入れて頑張りますね? よろしくお願いいたします」何とも頼もしい返事をするイレーネ。「ま
「まぁ……私、寝台列車なんて乗るの生まれて初めてですわ。こんなに素敵な内装の車両があるのですね。まるで一流ホテルみたいですね」ルシアンと一緒に一等車両に乗り込んだイレーネは物珍しそうにキョロキョロと見渡す。「そうか? そんなに珍しいか?」(まるで子供のようだな)目を輝かせながら、嬉しそうにカーテンに触れているイレーネをルシアンは微笑みながら見つめ……慌てて首を振った。(馬鹿な! 一体俺まで何を浮かれた気持ちになっているんだ? これから祖父とイレーネを引き合わせるという大仕事が待ち受けているというのに……! どうも彼女といると調子が狂ってしまう)「……様、ルシアン様!」「あ、ああ? 何だ?」考え事をしていたルシアンはイレーネに呼ばれて我に返った。「確か寝台列車というものは2段ベッドになっているのですよね? それではどちらが上で寝ますか? 私はどちらでも構いませんよ?」その言葉にルシアンは目を見開く。「君は一体何を言ってるんだ? いいか? 確かに俺たちは婚約者同士だが、それはあくまで名目上。同じブースで一晩過ごすはずがないだろう? 通路を挟んだ隣にもう一つ寝台スペースを借りている。俺はそこで寝るからイレーネはこの場所を使うといい」イレーネのトランクケースを棚の上に全てあげるとルシアンは隣のスペースに移動しようとし……。「お待ち下さい、ルシアン様」不意にイレーネに背広の裾を掴まれた。「な、何だ? 一体」女性に背広の裾を掴まれたことが無かったルシアンは戸惑いながら振り返る。「就寝時間までは、まだずっと先ではありませんか。よろしければ、ルシアン様もこちらの場所で過ごしませんか? 折角の2人旅なのですから楽しみましょうよ」(楽しむ……? 楽しむって一体どう意味だ!?)その言葉に何故かルシアンはドキリとするも、頷く。「ま、まぁ……別に俺はそれでも構わないが……」「本当ですか? ではどうぞ向かい側にお座り下さい」「分かった」(本当は持参してきた仕事をしようと思っていたが……まぁ、彼女の前でも出来るだろう)言われるまま、素直に向かい側に座るルシアン。「それではルシアン様。早速ですが……始めませんか?」「は? 始める? い、一体何を始めるんだ?」扉が閉められた密室の空間。イレーネの意味深な言葉に緊張が走る。「決まっているではあり
――19時半 イレーネとルシアンは2人で食堂車両で食事をとっていた。「こちらの料理も、本当に美味しいですね。このお肉、とてもジューシーだと思いませんか?」イレーネはすっかり上機嫌で食事を口にしている。一方のルシアンは……。「それにしても……君があんなにカードゲームが強いとは思わなかった」ため息混じりにワインを口にする。「そうでしょうか? でも私が勝てたのは敢えて言えば……」「敢えて言えば? 何だ?」話の続きを促すルシアン。「それはルシアン様が分かりやすい方だからですわ」「ええ!? わ、分かりやすい? この俺が!?」「はい、そうです。ルシアン様は良いカードが回ってくると顔に出てしまうからです」「そ、そうか? 今まで何度も仲間内でカードゲームをしたことはあったが……そんな風に指摘されたことは一度も無かったぞ? 現にこんなに負けてしまったことは無かったし……」(もし、これでお金を賭けていれば今頃どうなっていたかと思うとゾッとする)ルシアンは身震いしながら考えた。「ええ、確かに傍目からは気付かない小さな変化ですが……気づいていませんでしたか? ルシアン様はツキが回ってくると、口角がほんの数ミリ上がるのです」「え? こ、口角が!?」慌てて口元を隠すルシアン。「プッ」その様子にイレーネが小さく笑う。「い、今……笑ったな?」「あ……申し訳ございません。今のルシアン様の様子が、その……可愛らしかったものですから……」可笑しくてたまらないかのように肩を震わせるイレーネ。「ええ!? お、俺が可愛らしいだって!?」(俺は成人男性だぞ!? それなのに可愛らしいだとは……!)けれど目の前で笑っているイレーネを見ていると、不思議なことに怒りが湧く気持ちにもならない。むしろ、穏やかな気持ちになってくる。そして、美味しそうに食事をしているイレーネを見つめるのだった――****――22時「それではお休みなさいませ、ルシアン様」隣のブースに映るルシアンにイレーネが声をかけた。「ああ、おやすみ。『ヴァルト』には、明日10時到着予定だ。7時になったら朝食をとりに食堂車両へ行こう」「はい、分かりました。それではまた明日お会いしましょう」ルシアンの言葉に、笑みを浮かべるイレーネ。「ああ。おやすみ」そしてルシアンは通路を挟んだ隣のブースに移
――翌朝「今朝も素晴らしく良い天気ですね」食堂車両で朝食をとりながら、笑顔でイレーネがルシアンに話しかける。「……ああ、そうだな」眠気を殺しながらルシアンがコーヒーを口にし……チラリとイレーネを見る。(昨夜のアレは俺の見間違いだったのか? イレーネはいつもと全く変わった様子は見られないしな……)「ルシアン様? どうかされましたか? 私の顔に何かついています?」キョトンとした顔で首を少しだけ傾けるイレーネ。「い、いや。何でも無い……フワ……」危うく欠伸が出そうになり、必死で耐えるルシアン。「何だか眠そうですね? もしかして寝不足ですか?」「大丈夫だ、気にしないでくれ」けれど、ルシアンが一睡も出来なかったのは事実だった。「あ、分かりました!」イレーネが少しだけ身を乗り出す。「わ、分かった? 何がだ?」(まさか、昨夜のことを言い出すつもりじゃないだろうな……? いや、いくら何でもそれはないだろう。誰だって人に知られたくないことの一つや2つ持ち合わせているものなのだから)イレーネがじっと見つめる。「ルシアン様。さては……」「さ、さては……?」ゴクリと息を呑むルシアン。「寝台列車の旅が嬉しくて眠れなかったのではありませか?」「は?」思いもしない言葉をかけられ、間の抜けた声を出す。「ええ、その気持良く分かります。かくいう私も昨夜は興奮して中々眠ることが出来ませんでした。羊の数を1352匹まで数えたところまでは記憶しているのですけど、そこから先は眠ってしまったようなのです。いつもなら500匹以内には眠りについていたのですけど」ペラペラと笑顔で話すイレーネを見ていると、ルシアンは自分が思い悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。(一体何なんだ? 昨夜俺は見慣れないイレーネの泣き顔を見たせいで一睡も出来なかったというのに……だが、敢えて彼女は気丈に振る舞っているだけなのかもしれない。うん、きっとそうに違いない)そんなことを考えていた時。「そう言えばルシアン様。昨夜私……お祖父様が亡くなったときの夢を見てしまったのです」「え!?」驚きでルシアンの肩が跳ねる。「久しぶりでしたわ……お祖父様が亡くなったときの夢を見てしまうなんて。恥ずかしいことに、夢の中で子供のように泣いてしまいましたわ。どうしてあんな夢を見てしまったのかしら
――午前10時イレーネとルシアンは『ヴァルト』の駅に降り立った。「まぁ……何て気持ちの良い場所なのでしょう。森や山があんなに近くに見えるなんて。私が住んでいた『コルト』よりもずっと、自然豊かで素晴らしいわ」嬉しそうに周囲を見渡すイレーネ。「ここは避暑地として貴族たちから人気の場所だからな。その為、別荘地帯としても有名なんだ」イレーネの荷物を持ったルシアンが背後から声をかける。「ルシアン様、本当に私の荷物なのに持っていただいてよろしかったのですか?」申し訳無さそうにイレーネが尋ねる。「当然だ。俺が一緒にいるのに、君に荷物を持たせるわけにはいかないだろう? 大体俺の荷物など殆ど無いし」腕時計を見ながら返事をするルシアン。「そう言えば、何故ルシアン様の荷物は無いのですか?」「祖父の別荘には俺の服は全て揃っているからだ」「なるほど、流石はルシアン様ですわね」イレーネは妙な所で感心する。「突然の来訪だから迎えの馬車は無いんだ。あそこに辻馬車乗り場がある。行こう」ルシアンが指さした先には、数台の客待ちの辻馬車が止まっている。「はい、ルシアン様」2人は辻馬車乗り場へ向かった――****ガラガラと走り続ける馬車の中で、イレーネは上機嫌だった。「こんなに美しい森の中を走る馬車なんて、素敵ですね。空気もとても美味しく感じます」森の木々の隙間からは太陽の光が幾筋も差し込み、幻想的な美しさだった。「ああ……そうだな」浮かれるイレーネに対し、ルシアンの表情は暗い。何故なら、もうすぐ頑固な祖父との対面が待ち受けているからだ。(祖父は気難しい人物だ……果たして、こんなに脳天気なイレーネを受け入れてくれるだろうか? 何しろ前例があるからな。だが、今にして思えば反対されて良かったのかもしれない……)ルシアンは苦い過去を思い出し、ため息をついた。すると……。「どうぞ、ルシアン様」突然、イレーネが小さなガラスポットを差し出してきた。中には透明な丸い粒がいくつも入っている。「……これは何だ?」「ハッカのキャンディーです」「え?」顔を上げてイレーネをよく見ると、口の中で何かコロコロ転がしている。「先程から元気がありませんが、馬車に酔われたのではありませんか? 私はこのように舗装された道も辻馬車も慣れておりますが、ルシアン様はそうではありません
ガラガラと走り続ける馬車の中。昨夜一睡も出来なかったルシアンはウトウトとまどろんでいた。その時……。「ルシアン様! 見て下さい! すごいですよ!」馬車から外を眺めていたイレーネが突然大きな声をあげた。「な、何だ? どうかしたのか?」イレーネの声に一気に目が覚めた。「ほら、御覧ください。お城ですよ! お城!」イレーネが指さした先には森に覆われるようそびえ建つ城だった。「あれが祖父が住んでいるマイスター家の別荘だ。そろそろ到着しそうだな」「ええ!? あの城に現当主様が住んでいらっしゃるのですか!?」イレーネが驚きの声を上げる。「そうだが? それほど驚くことか?」「驚くことですよ! まさかお城に住んでいらっしゃるなんて、思いもしませんでしたから。私、一度でいいからお城に上がってみたかったのです。それがまさかこんな形で夢が叶うなんて……連れてきて下さってありがとうございます」イレーネは深々とお辞儀をした。「いや、礼を言うのはこちらの方だ。わざわざ祖父に会うためにこんな遠方までついてきてくれたのだからな。しかし……それほどまでに城に上がってみたかったのか?」「ええ、女性なら誰でも一度は夢を見るのでは無いでしょうか? 絵本の世界のようにお城で素敵な王子様に出会う……そんな夢を」うっとりした目つきで城を眺めるイレーネ。一方、ルシアンは何故か面白い気がしない。(何だ? そんなに王子というものに憧れているのか?)「そうか、だが残念だったな。生憎あの城に住んでいるのは年老いた老人だ。50年遅過ぎる」つい、意地の悪い言葉を口にしてしまう。「ルシアン様……?」しかしイレーネがじっと自分を見つめている姿を見た途端、後悔の念が押し寄せてくる。「す、すまない! 俺はただ……現実の話を……だな…」「プッ!」突然イレーネが口元を押さえて吹き出す。「イレーネ?」「フフフ……ルシアン様って真面目な方だと思っておりましたが、冗談も言えるのですね」「え? 冗談?」「確かに、お城に住んでいる方が全て王子様だとは限りませんよね? ですがルシアン様のお祖父様なら、きっと素敵な方に違いありません。お会いするのがとても楽しみですわ」素敵な方と言われ、悪い気がしないルシアン。「そうかな? だが今の話を祖父が聞けば喜びそうだな」そんな会話を続けているうちに、
「ようこそ、ルシアン様。そして御令嬢、お待ち申し上げておりました」スーツを着用した大柄な男性が2人を出迎えた。男性は小柄なイレーネにとっては見上げるほどの大男だった。「まぁ……なんて大きな方なのでしょう」イレーネは男性を見上げ、思ったままの言葉を口にする。「う……ゴホン! イレーネ。彼はこの城の執事、メイソンだ。メイソン、彼女は俺の婚約者である、イレーネ・シエラ。よろしく頼む」ルシアンは咳払いすると、2人を引き合わせた。「イレーネ様でいらっしゃいますか? はじめまして、執事のメイソン・タイラーと申します。どうぞ、お気軽にメイソンとお呼び下さい」そしてメイソンはニコリと笑みを浮かべる。「私はイレーネ・シエラと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」2人が挨拶を交わしたところで、ルシアンはメイソンに尋ねた。「メイソン。早速祖父に御挨拶したいのだが……今何処にいる?」「はい、旦那様は書斎にいらっしゃいます」恭しく返事をするメイソン。「では早速行こう。彼女の荷物を頼む」「はい、お部屋に運んでおきます」するとイレーネはメイソンに声をかけた。「あの、荷物なら自分で運びますわ」「え?」その言葉にメイソンは目を見開く。「い、いや! 荷物はメイソンにまかせておこう。それよりも早く祖父の元へ行かないと」ルシアンは慌てたようにイレーネの手を引くと、歩き出した。「え? ルシアン様?」何故ルシアンが慌てているのか、訳も分からないままイレーネは手を引かれてその場を後にした――****「イレーネ。以前にも話しただろう? 貴族女性はむやみやたらに荷物を持つものではないと」ルシアンはイレーネの手を引きながら話しかけてきた。「あ、そうでしたね。私ったらついうっかりしておりました。申し訳ございません」「い、いや。忘れてしまっていたなら仕方がない。だが、今後は気をつけるようにな。特に祖父の前では」素直に謝るイレーネに、ルシアンは声のトーンを落とす。「それにしても、本当にお城に住んでらしたのですね……床が大理石ですし、豪華なシャンデリアですねぇ」イレーネがうっとりした様子で周囲を見渡す。「そうか? あまり感じたことはないがな」その後、書斎に行くまでの間に2人は多くの使用人たちとすれ違った。彼らは深々とおじぎをしながらも、好奇心いっぱい
「その娘が、この間お前が話していた婚約したいと話していた相手か?」ジロリとジェームズがイレーネを見る。「いえ。婚約したい相手ではなく婚約者です。お祖父様に2人の結婚を認めていただくために、彼女を連れて参りました」緊張しながら返事をするルシアン。「……ところで、いつまで2人はそうやって手を繋いでいるつもりだ?」「え? あ! こ、これはその……違うんです!」慌ててイレーネの手を離すルシアン。ジェームズに指摘されるまで、ルシアンはイレーネと手を繋いでいたことに気づかなかったのだ。すると、今まで沈黙していたイレーネが口を開いた。「はじめまして。マイスター伯爵様。私はイレーネ・シエラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」貴族令嬢らしく、完璧な挨拶をするイレーネ。「……確か、『コルト』とか言う田舎出身の男爵令嬢らしいな。未だに田園風景が多く、まだまだ発展途上の地域だろう?」ジェームズは無愛想な表情でイレーネを見つめる。(出た! 祖父の嫌味な態度が……!)「お祖父様。それは……」ルシアンが口を挟もうとした時、イレーネが笑みを浮かべる。「マイスター伯爵様は『コルト』のことを、よくご存知なのですね。はい、あの場所は田園風景が多く残されているので、農産物が特産品です。特に『コルト』のワインは絶品です。本日、こちらに1本お持ちしておりますので御夕食の際にお召し上がりになってみませんか?」「何? ワインだと?」険しかったジェームズの眉が少しだけ緩む。一方、驚いたのはルシアンだ。(何だって!? 『コルト』産のワインだって? そんな物を用意していたのか!?)「はい、ワインはお好きですか?」「う、うむ……そうだな。好き……だ」ゴホンと咳払いするジェームズ。「それは良かったです。祖父は若い頃、ワイン作りが得意だったのです」「なる程……君の祖父が」得意げに語るイレーネの話にジェームズは頷く。(イレーネ! 俺はそんな話、初耳だぞ!!)何も聞かされていなかったルシアンはイレーネに目で訴える。すると……。「何だ? ルシアン。お前は先程から彼女ばかり見つめおって……」「い、いえ! 決してそんなつもりでは……!」ジェームスの言葉に、ルシアンは首を振る。「まぁ良い。着いたばかりで疲れただろう。夕食の際にまた詳しく話を聞こう」ジェームズはス
――翌朝6時朝早くからリカルドはルシアンの部屋に呼び出しを受けていた。「ルシアン様、こんなに朝早くから呼び出しとは一体どの様な御要件でしょうか?」スーツ姿に身を包んだリカルドが尋ねる。「今日、イレーネがあの空き家に行くことは知っているな?」着替えをしながら問いかけるルシアン。「ええ、勿論です。昨日の話ではありませんか」「なら話は早い。リカルド、ここの仕事はしなくて良いから今日は1日イレーネに付き合え。一緒にあの家に行き、片付けの手伝いをするように」「ええっ!? な、何故私も一緒に行かなければならないのです? 今日は私も大事な用事があるのですよ? 倉庫の茶葉の在庫管理をしなくてはならないのですから!」「そんな仕事は他の者に任せろ、何はともあれイレーネを最優先にするのだ」ルシアンはネクタイを締めると、リカルドをジロリと見る。「何故です!? 第一、イレーネさんは付き添いは不要と仰っていたではありませんか!」「ああ。確かに彼女はそう言った。だがな……考えても見ろ! あの屋敷……彼女が出ていった後、そのままの状態だったじゃないか!」「いいえ、そのままの状態ではありませんよ? あの方のドレスや化粧品……私物類は全て持っていかれましたから。残されているのはマイスター家で用意した家財道具一式です」「屁理屈を抜かすな! そんなことを言っているのではない! もし、万一……いいか、万一だぞ? 彼女の痕跡が何処かに残っていたらどうするのだ! 持ち忘れた私物や何かがあるかもしれないだろう!? それをイレーネに見つかる前に探して処分しろ!」あまりにも無茶振りを言ってくるルシアンにリカルドは悲鳴じみた声を上げる。「ええ!? 無茶を仰らないで下さい! そんなことはルシアン様でなければ分かるはずないじゃありませんか! ルシアン様が行って下さい!」「行けるものならとっくに行ってる! だがな、今日はどうしても外せない商談があるんだ! 今更キャンセルさせて下さい、とは言えない相手なんだよ!!」「そんな! あまりにも横暴です! どうして私なんですか!?」何としても引き受けたくないリカルドは必死で首を振る。「お前以外に誰に頼めるというのだ! この屋敷で働く者はお前以外、誰も彼女の存在を知りもしないのだぞ!」「うっ! で、ですが……」思わず言い含められそうになるリカ
――その日の夕方屋敷に帰宅したルシアンは早速リカルドを呼び出していた。「ルシアン様……また何か問題でもありましたか……?」リカルドは明らかに不機嫌な様子をにじませているルシアンに尋ねた。「ああ、ある。重要な問題がな……だからお前を呼んだのだろう?」「今日は、イレーネさんとデートだったのですよね? な、何故そのように不機嫌なのでしょう? 楽しくはなかったのですか?」「デートだと? いいや、それは違う。単に2人で一緒に出かけただけだ……しかも、よりにもよって例の空き家にな!」ジロリとリカルドを睨みつけ、腕組みするルシアン。「ですが、本日あのお屋敷に行く話はルシアン様も承諾したではありませんか? それなのに何故いまだに不機嫌なのでしょう?」「それはなぁ……あの屋敷の家財道具が一切そのまま残されていたからだ! 一体どういうことだリカルド! 処分しなかったのは家だけじゃなかったのか!?」怒鳴りつけるルシアン。「ですが、処分したら勿体ないではありませんか!! まだまだ使えるものばかりなのですよ! しかも全て、あの方の好みに合わせた女性向けのブランド家具なのですから! 大体ルシアン様がいけないのですよ? 何もかも、全て私に任せると仰ったからではありませんか!」リカルドも大声で負けじと言い返す。「そこが問題だ! いいか? 俺がイレーネを々連れて行ったのは、あの屋敷を諦めさせるためだったのだ。駅からも遠いし、買い物にも少々不便な場所だ。その様な場所は好まないだろうと思ったからだ!」「確かに、あの地区は生活するには少々不便な場所ですね。住民もあまり暮らしておりませんせし……だからこそ、あの屋敷を買われたのではありませんか。ひと目につきにくい場所で、あの方とお忍びで会うために……」「やめろ! 彼女の話は口にするな!」そしてルシアンはため息をつくと、言葉を続けた。「……悪かった。つい、きつく言ってしまった……。そうだよな、俺が悪かったんだ……彼女のことを一刻も早く忘れるために、全てお前に丸投げしてしまった俺が」「ルシアン様……」「ただでさえ、あの屋敷には近付きたくも無かったのに結局行く羽目になってしまったし。鍵はお前から預かったものの、入るつもりは無かったのだから。なのにイレーネは見ていたんだよ。おまえが俺に鍵を渡す所を。それで中に入りたいと言ってき
――10時半ルシアンとイレーネは、とある場所にやってきていた。「まぁ……! なんて素敵なお屋敷なのでしょう!」イレーネが目の前に建つ屋敷を見て感動の声を上げる。「芝生のお庭に、真っ白い壁に2階建ての扉付きの窓……。まぁ! あそこには花壇もあるのですね!」結局ルシアンはイレーネの言うことを聞いて、リカルドがプレゼントすると約束した空き家に連れてきていたのだ。『ミューズ』通りの1番地に建つ屋敷に……。「そ、そうか。そんなに気に入ったのか?」引きつった笑みを浮かべながらルシアンは返事をする。(くそっ……! もう、二度とこの場所には来たくはなかったのに……まさか、こんなことになるとは……! 本当にリカルドの奴め……恨むからな!)心のなかでルシアンはリカルドに文句を言う。「だ、だがイレーネ。この屋敷はもう古い。しかも郊外から少し離れているし……暮らしていくには何分不便な場所だ。家が欲しいなら、もっと買い物や駅に近い便利な場所のほうが良いのではないか? 俺が新しい家をプレゼントしよう」何としてもこの場所から引き離したいルシアン。けれど、イレーネは首を振る。「いいえ、新しい家だなんて私には勿体ない限りです。この家がいいです。だって……なんとなく生家に似ているんです。私の家もこんな風にのどかな場所に建っていました。何だか『コルト』に住んでいた頃を思い出します」「イレーネ……」ルシアンにはイレーネの姿がどことなく寂しげに見えた。しかし、次の瞬間――「それに、こんなにお庭が広いのですから畑も作れそうですしね!」イレーネは元気よくルシアンを振り返った。「な、何!? 畑だって!?」「はい、そうです。ちょうどあの花壇のお隣の土地が空いているじゃありませんか? そこを耕すのです。最初は簡単なトマトから育てるのが良いかも知れませんね。カブやズッキーニ、パセリなどは育てやすく簡単に増えます。あ、ハーブも必要ですね。バジルや、ローズマリー、それに……」(まずい! このままではまた1時間近く話しだすかもしれない!)指折り数えるイレーネにルシアンは必死で止める。「わ、分かった! そんなにここが気に入ったなら……この家を今からプレゼントしておこう。何しろ次の当主は俺に確定したようなものだからな」本当なら、出来ればこの屋敷をイレーネに渡したくなかった。何故な
「え? 今日1日、私の為に時間を割く……? 今、そう仰ったのですか?」朝食の席で、イレーネは向かい合って座るルシアンを見つめた。「ああ、そうだ。俺は無事に祖父から次期後継者にすると任命された。こんなに早く決まったのはイレーネ、君のお陰だ。あの気難しい祖父に気に入られたのだから」「ありがとうございます。でも私は何もしておりません。ただ伯爵様とおしゃべりをしてきただけですから。ルシアン様が選ばれたのは元々次期後継者に相応しい方だと伯爵様が判断したからです。それにゲオルグ様が失態を犯してしまったこともルシアン様の勝因に繋がったのだと思います」「そうか? そう言ってもらえると光栄だな」元々次期後継者に相応しいと言われ、満更でもないルシアン。「それで、イレーネ。今日は何をしたい? どこかに買い物に行きたいのであれば、連れて行ってやろう。何でも好きなものをプレゼントするぞ。臨時ボーナスとしてな」すると、食事をしていたイレーネの手が止まる。「本当に……何でもよろしいのでしょうか?」真剣な眼差しで見つめてくるイレーネ。「あ? あ、ああ……もちろんだ」(何だ? い、一体イレーネは俺に何を頼んでくるつもりなのだ……?)ルシアンはゴクリと息を呑んだ――****「お呼びでしょうか? ルシアン様」食後、書斎に戻ったルシアンはリカルドを呼び出していた。「ああ……呼んだ。何故俺がお前を呼んだのかは分かるか?」ジロリとリカルドを見るルシアン。「さ、さぁ……ですが何か、お叱りするために呼ばれたのですよね……?」「ほ〜う……中々お前は察しが良いな……」ルシアンは立ち上がると窓に近付き、外を眺めた。「ル、ルシアン様……?」「リカルド、そう言えばお前……イレーネ嬢と契約を交わした際に空き家を一軒プレゼントすると伝えてたよな?」「ええ、そうです。何しろイレーネさんは生家を手放したそうですから。ルシアン様との契約が終了すれば住む場所を無くしてしまいますよね?」「ま、まぁ確かにそうだな……」『契約が終了すれば』という言葉に何故かルシアンの胸がズキリと痛む。「そこで、私が契約終了時にルシアン様から託された屋敷をプレゼントさせていただくことにしたのです。でも、今から渡しても良いのですけ……えぇっ!? な、何故そんな恨めしそうな目で私を見るのですかぁ!?」ルシア
――22時「アハハハハ……ッ!」ルシアンの書斎にリカルドの笑い声が響き渡る。「何がおかしいんだ? 俺は50分近くもイレーネの話に付き合わされたのだぞ?」「よ、よく耐えられましたね……今までのルシアン様では考えられないことですよ。あ〜おかしい……」リカルドは余程面白かったのか、ハンカチで目頭を押さえた。「だが、そんな話はどうでもいい。問題だったのはゲオルグのことだ。祖父に呼ばれていたばかりか、イレーネと出会うとは……思いもしていなかった」腕組みするルシアン。「ええ、そうですね。でも噂に寄るとゲオルグ様は頻繁に『ヴァルト』に来ているらしいですよ。特に『クライン城』はお気に入りで訪れているそうです。あの城で働いている同僚から聞いたことがあります」「何? そうだったのか? そういう大事なことは俺に報告しろ」「ですが、ルシアン様はゲオルグ様の話になると機嫌が悪くなるではありませんか。それなのに話など出来ますか?」「そ、それでもいい。今度からゲオルグの情報は全て教えろ」「はい、承知いたしました。でも良かったではありませんか?」「何が良かったのだ?」リカルドの言葉に首を傾げるルシアン。「ええ。イレーネ様がゲオルグ様に手を付けられることが無かったことです。何しろあの方の女性癖の悪さは筋金入りですから。泣き寝入りした女性は数知れず……なんて言われていますよ?」「リカルド……お前、中々口が悪いな。……まぁ、あいつなら言われて当然か」ルシアンは苦笑する。「それだけではありません。あの方は自ら墓穴を掘ってくれました。よりにもよって賭け事が嫌いな伯爵様の前で、カジノ経営の話を持ち出すのですから。しかもマイスター家の所有する茶葉生産工場を潰してですよ!」「ず、随分興奮しているように見えるな……リカルド」「ええ、それは当然でしょう? 私は以前からあの方が嫌……苦手でしたから。その挙げ句に自分の立場も顧みず、図々……散々事業に口出しをされてきたではないですか?」「確かにそうだな」(今、リカルドのやつ……図々しいと言いかけなかったか?)若干、引き気味になりながら頷くルシアン。「ですが、これでもう次期当主はルシアン様に決定ですね。何しろ、ゲオルグ様にはルシアン様の補佐をしてもらうことにすると伯爵様がおっしゃられていたのですよね?」「ああ、そうだ。祖父
2人はソファに向かい合わせに座って話をしていた。ただし、イレーネが一方的に。「……そうそう。そこで出会った猫なのですが、毛がふわふわで頭を撫でて上げるとゴロゴロ喉を鳴らしたのですよ。あまりにも可愛くて、持っていたビスケットを分けてあげようと思ったのです。あ、ちなみにそのクッキーの味はレモン味だったのでしす。子猫にレモンなんて与えても良いのか一瞬迷いましたが、美味しそうに食べていましたわ」「そ、そうか……それは良かったな……」ルシアンは引きつった笑みを浮かべながらイレーネの話をじっと我慢して聞いていた。(いつまでイレーネの話は続くのだ? もう47分も話し続けているじゃないか……。こんなにおしゃべりなタイプだとは思わなかった……)チラリと腕時計を確認しながらルシアンは焦れていた。早く祖父との話を聞きたいのに、いつまで経ってもその話にならない。何度か話を遮ろうとは考えた。しかし、その度にメイド長の言葉が頭の中で木霊する。『自分の話をするのではなく、女性の話を先に聞いて差し上げるのです』という言葉が……。――そのとき。ボーンボーンボーン部屋に17時を告げる振り子時計の音が鳴り響いた。その時になり、初めてイレーネは我に返ったかのようにルシアンに謝罪した。「あ、いけない! 私としたことがルシアン様にお話するのが楽しくて、つい自分のことばかり話してしまいました。大変申し訳ございませんでした」「何? 俺に話をするのが楽しかったのか? それはつまり俺が聞き上手ということで良いのか?」ルシアンの顔に笑みが浮かぶ。「はい、そうですね。生まれて初めて、避暑地でリゾート気分を味わえたので、つい嬉しくて話し込んでしまいました」「そうか、そう思ってもらえたなら光栄だ。では、重要な話に入るその前に……ブリジット嬢とどのような会話をしたのだ?」ルシアンはブリジットとの会話が気になって仕方がなかったのだ。「え? ブリジット様とですか?」首を傾げるイレーネ。「ああ、そうだ。随分彼女と親しそうだったから……な……」そこまで口にしかけ、ルシアンは自分が失態を犯したことに気づいた。『女性同士の会話にあれこれ首を突っ込まれないほうがよろしいかと思います』(そうだ! メイド長にそう言われていたはずなのに……! ついブリジット嬢と交わした会話に首を突っ込もうとしてし
「イレーネ……一体どういうことなのだ? 俺よりもブリジット嬢を優先して応接室で話をしているなんて……」ルシアンはペンを握りしめながら、書類を眺めている。勿論、眺めているだけで内容など少しも頭に入ってはいないのだが。「落ち着いて下さい。ブリジット様に嫉妬している気持ちは分かりますが……」リカルドの言葉にルシアンは抗議する。「誰が嫉妬だ? 俺は嫉妬なんかしていない。イレーネが、いやな目に遭わされていないか気になるだけだ。ブリジット嬢は……その、気が強いからな……」「イレーネ様がブリジット様如きにひるまれると思ってらっしゃいますか?」「確かにイレーネは何事にも動じない、強靭な精神力を持っているな……」リカルドの言葉に同意するルシアン。「イレーネ様は良く言えばおおらか、悪く言えば図太い神経をお持ちの方です。その様なお方がブリジット様に負けるはずなどありません」メイド長が胸を張って言い切る。「た、確かにそうだな……」この3人、イレーネとブリジットに少々失礼な物言いをしていることに気づいてはいない。「だいたい、ブリジット様の対応を出来るのはこのお屋敷ではイレーネ様しかいらっしゃらないと思いますよ?」「ええ、私もそう思います、ルシアン様。本当にイレーネ様は頼りになるお方です」メイド長は笑顔で答える。「確かにそうだな……。だが、一体2人でどんな話をしていたのだろう……?」首をひねるルシアンにメイド長が忠告する。「リカルド様、女性同士の会話にあれこれ首を突っ込まれないほうがよろしいかと思います。そして自分の話をするのではなく、女性の話を先に聞いて差し上げるのです。聞き上手な男性は、とにかく女性に好かれます」「え? そうなのか?」「はい、そうです。詮索好きな男性は女性から好ましく思われません。はっきり言って好感度が下がってしまいます。逆に自分の話を良く聞いてくれる男性に女性は惹かれるのです」「わ、分かった……女性同士の会話には首を突っ込まないようにしよう。好感度を下げるわけにはいかないからな。そして女性の話を良く聞くのだな? 心得た」真面目なルシアンはメイド長の言葉をそのまんま真に受ける。イレーネとの関係が契約で結ばれているので、好感度など関係ないことをすっかり忘れているのであった。「では、私はこの辺で失礼致します。まだ仕事が残っておりま
イレーネとブリジットは2人でお茶を飲みながら応接室で話をしていた。「それにしても絵葉書を貰った時には驚いたわ。まさかルシアン様のお祖父様が暮らしているお城に滞在していたなんて」「驚かせて申し訳ございません。ですが、お友達になって下さいとお願いしておきながら自分の今居る滞在先をお伝えしておかないのは失礼かと思いましたので」ニコニコしながら答えるイレーネ。「ま、まぁそこまで丁寧に挨拶されるとは思わなかったわ。あなたって意外と礼儀正しいのね。それで? 『ヴァルト』は楽しかったのかしら?」「ええ、とても楽しかったです。とても自然が美しい場所ですし、情緒ある町並みも素敵でした。おしゃれな喫茶店も多く、是非ブリジット様とご一緒してみたいと思いました」「あら? 私のことを思い出してくれたのね?」ブリジットはまんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。「ええ、勿論です。何しろブリジット様は素敵な洋品店に連れて行っていただいた恩人ですから」「そ、そうかしら? あなったて中々人を見る目があるわね。今日ここへ来たのは他でもないわ。実は偶然にもオペラのチケットが3枚手に入ったのよ。開催日は3か月後なのだけど、世界的に有名な歌姫が出演しているのよ。彼女の登場するオペラは大人気で半年先までチケットが手に入らないと言われているくらいなの」ブリジットがテーブルの上にチケットを置いた。「まぁ! オペラですか!? 凄いですわね! チケット拝見させていただいてもよろしいですか?」片田舎育ち、ましてや貧しい暮らしをしていたイレーネは当然オペラなど鑑賞したことはない。「ええ、いいわよ」「では失礼いたします」イレーネはチケットを手に取り、まじまじと見つめる。「『令嬢ヴィオレッタと侯爵の秘密』というオペラですか……何だか題名だけでもドキドキしてきますね」「ええ。恋愛要素がたっぷりのオペラなのよ。女性たちに大人気な小説をオペラにしたのだから、滅多なことでは手に入れられない貴重なチケットなの。これも私の家が名家だから手に入ったようなものよ」自慢気に語るブリジット。「流石は名門の御令嬢ですね」イレーネは心底感心する。「ええ、それでなのだけど……イレーネさん、一緒にこのオペラに行かない? 友人のアメリアと3人で。そのために、今日はここへ伺ったのよ」「え? 本当ですか!? ありが
「一体どういうことなのだ? ブリジット嬢には手紙を出しているのに、俺に手紙をよこさないとは……」「ああ、イレーネさん。イレーネさんにとっては、私たちよりも友情の方が大切なのでしょうか? この私がこんなにも心配しておりますのに……」ルシアンとリカルドは互いにブツブツ呟きあっている。「あ、あの〜……それでブリジット様はいかが致しましょうか? イレーネ様は今どうなっているのだと尋ねられて、強引に上がり込んでしまっているのですけど……やむを得ず、今応接室でお待ちいただいております」オロオロしながらフットマンが状況を告げる。「何ですって! 屋敷にあげてしまったのですか!?」「何故彼女をあげてしまうんだ!!」リカルドとルシアンの両方から責められるフットマン。「そ、そんなこと仰られても、私の一存でブリジット様を追い返せるはず無いではありませんか! あの方は由緒正しい伯爵家の御令嬢なのですよ!?」半分涙目になり、弁明に走るフットマン。「むぅ……言われてみれば当然だな……よし、こうなったら仕方がない。リカルド、お前がブリジット嬢の対応にあたれ」「ええ!? 何故私が!? いやですよ!」首をブンブン振るリカルド。「即答するな! 少しくらい躊躇したらどうなのだ!?」「勘弁してくださいよ。私だってブリジット様が苦手なのですよ!?」「とにかく、我々ではブリジット様は手に負えません。メイドたちも困り果てております。ルシアン様かリカルド様を出すように言っておられるのですよ!」言い合う2人に、オロオロするフットマン。「「う……」」ブリジットに名指しされたと聞かされ、ルシアンとリカルドは同時に呻く。「リカルド……」ルシアンは恨めしそうな目でリカルドを見る。「仕方ありませんね……分かりました。私が対応を……」リカルドが言いかけたとき――「ルシアン様! ご報告があります!!」突然、メイド長が開け放たれた書斎に慌てた様子で飛び込んできた。「今度は何だ? 揉め事なら、もう勘弁してくれ。ただでさえ頭を悩ませているのに」頭を抱えながらメイド長に尋ねるルシアン。「いいえ、揉め事なのではありません。お喜び下さい! イレーネ様がお戻りになられたのですよ!」「何だって! イレーネが!?」ルシアンが席を立つ。「本当ですか!?」リカルドの顔には笑みが浮かぶ。「